白磁の海

釉に漂う日々

青春の影

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仕事帰りに立ち寄るいつものコンビニ。深夜ということもあって、客は殆どいない。

女性の店員さんはとても感じが良く、店は心地よい雰囲気で気に入っている。

ちょうど店にたどり着いた頃、イヤホンから聞き慣れない曲が流れてきた。

歌っているのは、鬼束ちひろ

これまで彼女がこの世に生み出したほぼすべての曲を愛聴してきた。

けれども、僕は本当にその曲を聞いたことがなかった。

歌声はややハスキーで伸びやかだ。間違いなく2000年代前半の声だと思った。

これは、と思ってケータイを見てみると、曲名は『青春の影』だった。

『君を幸せにするそれこそがこれからの僕の生きるしるし』

コンビニで買い物を済ませ、家へ帰る道中、僕はその曲を何度もリピートした。

帰ってから調べてみると、どうやら2003年のライブ中に披露したカバー曲だそう。

隔世の感があった。改めてYouTubeでリリックビデオを見た。

人生という引き返せない一本道を、共に歩こうとする二人の後ろ姿が見えた気がした。

僕の半生を顧みると、鬼束ちひろは確かに僕の生きる糧であり、

ある意味人生の伴走者だったと思う。

でもきっとそれはかりそめで、本当はもっと手触りのある青春が存在したのだと思う。

既に多くの時が流れ、僕はついぞそれを手に入れられなかったが。

今日も誰かの一本道が、大切な人の心に通じていますように。

彼女の一本道が僕の心を通り過ぎ、また誰かの心を温めていますように。

土手沿いにて

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いつもはけたたましく鳴いていて、ちょっと苦手なヒヨドリ

でも早桜の蜜を熱心に吸っている姿はとても愛らしい。

カメラを持って追いかけまわしていても、小鳥と違って容易に逃げないのが良い。

土手沿いに咲き誇った桜の木の周りをうろうろしていると、

散歩中のおじさんやおばさんも僕につられて写真を撮る。

僕は少し会釈してその場から少し離れ、遠巻きにぼんやりと桜を見ている。

来週にはもうこの花も散り、若葉が茂っているかもしれない。

移り変わる時は迷いなく、留まる時は緩慢としている季節。

僕は余裕がなく、一年の間で刹那的な今この時にさえ、まともに向き合えない。

そんな日々に一体どんな価値があるのだろうと、呪いのように思い続けている。

 

2月と鼻声

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毎年、2月は体調を崩しがちで、案の定今年も風邪を引いた。

急にのどが痛くなって、そのあと鼻水、熱、咳と諸症状が続いた。

いつまでも鼻声で、いつもより口ごもることが多くなった。

原因は単純に不眠症

上司とうまくいかず、ストレスで眠れない。

ずっとDV気質に悩まされ、この頃は学生がよくやるいじめかな?

と思うような行動をとられる。

誰かに相談したいが、既に上司が私の悪評を吹き込んでいるから

真に受けてもらえないだろう(まさにその場に何度も遭遇した経験有り)。

ああ、これこれ、そうだこの感じ。

心臓がキュッとなり、いなくなりたいというこの気持ち。

これまで何度もあって、またここでもかという落胆。

忙しくて写真すら撮りに行けないのがつらい。

如何ともしがたい。

誰かのためのもの

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僕の箱庭には窓が一つしかない。

その窓は丸くて、ちょうど僕の顔がすっぽり入る程度の大きさをしている。

僕はその窓から、恐る恐る外の世界を眺めている。

箱庭には僕しか存在しない。

僕の好きな本が棚に並べられ、好きな歌が流れている。

ふと気がつくと、本棚に見覚えのない本が置かれている。

本を手に取ってみると温かく、ずっと以前からそこにあったように思えた。

本を棚に戻そうとすると、新しい棚ができていた。

僕の本棚とは違う、鮮やかな色彩で塗装された本棚。

誰かのために用意されたものに、誰かの本を置く。

窓はもう一つ必要かもしれない。

僕は僕なりの

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GRⅢというカメラを手に入れた。

広角で撮ることが好きなため、ずっと欲していたがなかなか食指が伸びなかった。

気に入っている21mmの単焦点レンズと役割が被るため、葛藤もあったが、年末に思い切って中古で購入してしまった。

シャッター回数を調べてみたらなんと50回。ほぼ新品と変わりない。久々に心躍った。

新しい道具に出会うことは素晴らしい。

年末の忙しない空気のなか、僕はGRⅢをぶら下げて宛もなく彷徨った。

皆がやれ年越しそばだ、やれおせちだと騒ぎ立てるなか(偏見だが)。

まず、軽い。こんなに軽くていいのかと思うほど軽い。なのに取れる画像はグッと来る。

撮るものすべてメランコリックでムービングだ。

間違いなく求めていた以上の画がそこにある。

さて撮りにいくか、と一眼レフを準備し、どこに行こうかと思案する時間が嘘のよう。

愛用しているKPに望遠単焦点を取り付け、胸にGRⅢを弾ませながら散歩する。

GRを広角単焦点と思って使うことは難しいと人に言われたが、なんのことはない。

もう一つ、魂の入れ物を手に入れただけだ。

当然、そこを通過する光線はこれまでと異なる。

GRⅢに『僕は僕なりの愛を与えて行くから』…なんてね。

やっぱり写真とカメラは素晴らしい。

隙間風

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窓際に並べた数十冊の本が

冷たい隙間風を心做しか防いでくれている

赤や黄色や緑の色合い

文庫本や単行本が織りなす不規則な境界線

インクの匂いや、猥雑な古書店の臭い、いつのまにか染み込んだ生活臭

本を通り抜けたわずかな隙間風は

混沌として蒙昧な気持ちを掻き立てる

背中を丸めてたどたどしく文字を追った日々に、

文字から紡がれる漠漠とした風景を信じた無垢な自分に帰りたい